atamanonaka01

頭の中06[ふつうのひと]

よく、変わっていると言われるので、全力で、僕が普通であることを示すために、考えていることです。
普通か普通じゃないかは、普通科高校か専門高校の話意外では、あまりきっぱりと言えないかもしれません。
特に、ある1人を対象に、普通か普通じゃないかを考えると難しいです。
でも、例えば、ご飯の食べ方に焦点をあてると、少し答えやすくなります。
「白飯に納豆をかけて食べるAくん。」
Aくんは普通でしょう。
「白飯にピーナッツをかけて食べるBくん。」
Bくんは変わった人ですね。

普通か、変わってるか論じるときは、常にある1つの観点において、多数派か少数派かを言い当てているに過ぎないと僕は思います。
みんな、「自分は普通だ。」と思っています。
それは、 うんこの仕方とか、生活様式とか、多くの観点において、多数派に属しているからです。(わをかけて協調性が重んじられている時代ですから)

たとえば僕が、うんこをしながらギターを弾いていたら、みなさん、何て言うでしょうか。
きっと「お前、普通じゃない!」という具合になります。
もちろん「排泄行為において、普通じゃない。」 というのは認めます。
ただ、日本語はよく色々省略しますから、気をつけなくてはいけません。
観点を超えて相手を判断してはいけないということです。
うんこの仕方だけで、僕全体を普通じゃないと論じるのは暴力であります。
きっと、うんこをしながらギターを弾く人も、「いただきます」と言ってご飯をたべます。
「うひょー!げははは!うまままあそう!おひゃひゃひゃ!!!いただくぜ!」なんて言って、両手でむさぼったりしません。

僕らは、沢山の普通をもって生きています。
それは、常識とも言えます。
でも、ある観点においては、実は少数派かもしれません。
あるコミュニティーの中では少数派になるかもしれません。
普通かどうかという話は、よく上がる話題だと思います。
そんなときは、観点別に判断して、普通人間コンテストとか、変態ランキングとかやれば良いと思います。

僕は、本当に普通だと思います。
その理由はある行動に裏付けられています。
しばらくしたら、書きます。

最も普通な人間になりたい。
そう考えることは、多数派なのか、少数派なのか。

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